PTG(心的外傷後成長)という「道すじ」

休むことは、自分に戻ること
一人でいることが苦手、という方は多いと思います。誰かと繋がっていないと落ち着かない、予定を詰めていないと不安になる…
もしそうだとしたら、それは「本当の自分を知る機会」を、知らないうちに手放し続けているのかもしれません。
周囲の言葉や評価に流されたまま、自分と向き合わずに突っ走ってしまう。私自身も、そうやって走り続けてきた一人でした。
「あー忙しい~」
忙しいという口癖だから、余計忙しくなるのです。
ここにも、引き寄せの法則が働いているのですね。
身体は、心より先に教えてくれる
心が無理をしていることに、心自身は案外気づけません。でも身体は先に反応します。私の場合、それは「湿疹」でした。
しっかり眠れているはずなのに、痒い。ここ2年ほど、そういう時期があったんです。
これは、心が発しているサインを、身体が代わりに伝えてくれている状態なのだと思います。
大事なのは、湿疹という症状そのものではなく、その身体からのメッセージを見逃さずに拾い続けるかどうかです。
「疲れてるのかな」で流してしまえば、それまで。私はこのサインを絶対に無視しないよう気をつけています。
「明日死んだら、後悔しないか」という問い
私には、習慣にしている問いがあります。
「明日死んだら、後悔しないかな」。
そんな不謹慎な…と思う方もいるかも。しかし、これは、自分を追い詰めるための言葉ではありません。日常の忙しさの中で見えなくなっている優先順位を、浮かび上がらせるための問いです。この人間関係は、本当に必要だろうか。この時間は、本当に必要だろうか。
そうやって自分に問いかけていくと、ある一つのものに行き着きました。
そう、仕事です。
仕事のために生きているのではない
仕事のために生きているのではなく、生きるための歯車の一つとして、仕事があるだけのこと。この順序を間違えると、仕事を失うこと(休むこと、辞めること)が、人生そのものを失うことのように錯覚してしまいます。
「石の上にも三年」
「置かれた場所で咲きなさい」
忍耐を説くこれらの言葉が、うつ病の渦中にいる方にとっては、苦しみを我慢し続けるための呪文になってしまうことがあります。咲けない場所で無理に咲こうとし続けることが、症状を悪化させてしまうケースを、私はこれまで何度も見てきました。
だから私は、休職や転職を推奨したいと思っています。もちろん、無計画であることは前提としません。課題をきちんと整理した上でなら、さっさと次へ進んでいい。
それは逃げではなく、次のエネルギーを作るための、計画的な選択です。
「なんとかなる」
この楽観視した姿勢が、新しい未来を開いていく事を忘れないで欲しい。
「絶対に、この仕事しか出来ない」
その執着心は、自分で自分をさらに苦しめることになるのです。
減ったもの、増やしたもの
この問いを続けるようになって、明らかに減ったものがあります。スマートフォンを触る時間です。あの時間は、まるで泡のように、気づかないうちに一日を溶かしていきます。
その代わりに増えたのは、「自分の体と心が喜ぶことは何だろう」と考える時間。
理屈より、この変化そのものが、私にとって一番の答えでした。
休むことは、何もしないことではない
この記事をお読みの方の中には、いま休職中の方もおられると思う。休養とは、何もしない時間のことではありません。身体のサインを拾い、いらないものを問いで削ぎ落とし、自分の心と体が喜ぶことに時間を使い直していく。そのプロセスそのものが、休養なのだと思います。
うつ病になって休職すること、休むこと。
それは決して後ろ向きな選択ではありません。
その時間こそが、あなたの再スタートのエネルギーになります。
体調を崩し、強制的に自分と向き合わざるを得なくなったのだとしたら、それは「生き直すチャンス」だと捉えていいと、私は思っています。
うつの苦しさからPTSD(心的外傷後ストレス障害)ばかりが語られがちですが、その先にはPTG(心的外傷後成長)という、苦難を経て以前よりも深く生きられるようになる道すじも、確かに存在するのですから。
PTG(心的外傷後成長)は、がん看護の研究で多く知られています。うつ病にも、当てはまる視点ですね。

※この記事は筆者の考え方を整理したものであり、治療の代替にはなりません。休職や治療方針の判断については、主治医や職場と十分にご相談ください。
最後までお付き合い下さり、有難うございました。
後生川礼子

